ネザミヤの森と三輪山の共通点

平成22年5月16日三輪山に入山。 三輪山は神の鎮座する山。なので狭井神社には他の神社のような本殿は不要。 本殿がないというのはとてもとても自然。 すぐれた建築物、工作物があるから文明が進んでいると決めつけて考えるのは早計だし、立派な本殿に奉られる神だからありがたいというのもなんだかおかしい。 21世紀に…
トラックバック:0
コメント:5

続きを読むread more

路傍の石光秀の謀反を考える(福知山城)

福知山城を訪れて、本能寺の変について考える。 福知山城の石垣は、安土城とよく似ている。 自然の石をそのまま利用した「野面(のずら)積」で積み上げられ、石仏や五輪搭などの転用石が多く用いられているのも同じ。しかし圧倒的に規模がちがう。 主殺しの代表格ともいえる明智光秀。 なぜ光秀が信長に牙を剥いたの…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

江戸中期にタイムスリップ

東京の大学病院に勤務する脳外科医南方仁(大沢たかお)が、幕末の江戸にタイムスリップ。 JIN-仁-。 面白いドラマがはじまった。 このドラマで大沢たかおの体感した感覚をプチ体験できる場所がある。 滋賀の隠れ宿 長治庵。 京都方面から名神高速を走っている最中にあたりはすっかり暗…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

天下布武(金覆輪の鞍を置いた馬と小荷駄馬)

はやる気持ちをおさえながら安土の山を登った。 1576年(天正4年)。信長が城を築いたとき、ここ安土の地は天下布武を目指す信長にとって最も重要な拠点だったのだ。(完成は3年後) あっという間に山頂付近までたどり着いた。 正親町(おおぎまち)天皇を迎える行幸施設といわれる本丸御殿跡から天主跡を見上げ、さらには…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ぼくの将来

今思えば、ぼくはあの日先生から希望をもらった。 小学校3、4年の時の担任の先生は、とにかく生徒をホメル 勉強ができる子には勉強ができることを褒め 運動ができる子には運動ができることを褒め そうじをちゃんとする子はそれを褒める
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

色褪

 新品の10円硬貨は美しい純銅色(実際は銅95%、亜鉛3%、錫2%)。でも表面の銅が空気中の酸素と反応し酸化してしまうためすぐに茶色っぽく変色してしまう。 これほど早くはないにしろ どんなものでもいつかは色褪せてしまうもの。 10円硬貨の表面のデザインにも使用されている平等院鳳凰堂も、建立(1052年)された当時…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

おかめの福面とベロ出しチョンマ人形

 世の中にはかっこいい奴がいるもんだ。 ここでいう「かっこいい」の基準はひとつ。 「人のために笑って死ねること。」 代表的な男女二人を紹介しよう。 まずは「ベロ出しチョンマ」の長松。 長松は、千葉の花和村の名主木本藤五郎の長男12歳。 ウメという3つになる泣き虫の妹がいる。 妹の面倒を見…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

徹底的に中途半端

【写真:子供の頃よく遊んだ児童公園、野球をするには小さすぎ、親子二人連れで来るには大きすぎ・・・】 先週の金曜日に綾部で開催された「中丹新ビジネス創出交流会キック・オフシンポジウムに参加してきた。 基調講演の講師 伊賀の里モクモク手作りファームの吉田修氏の話は面白かったな。 溢れ出るアイデアを次から次へ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

侍の姿をした猫の妖(ばけもの)の正体とは?

朽木のとある神社には若き日の幽斎に関する逸話が伝わっている。  その当時、京では三好長慶(ながよし)が実権を握り、足利13代将軍義輝はここ朽木に流寓していた。 従者もわずか5人。細川藤孝(後の幽斎)は将軍のお供をする側近の一人。 この頃から歌人あるいは…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

十分の世の中?(白杉)

吉田から海岸線沿いを進むと青井。さらにその奥の細道の先をゆくと白杉の地がみえてきた。 白杉といえば幽斎とお百姓さんとのとんち比べが知られている。 細川幽斎が、白杉へ鷹狩に出かけたときのこと。 誰の仕業か道の傍田の畔に竹枝が立ててあり、なにやらしたためてある。 (一)いち迷惑仕るは、 (二)苦々しきお仕置きにて …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

名のみのこれり(年取島)

年取島は、大君のトンネルを過ぎるといよいよ右手にこんもり浮かんでみえてくる。 周囲が200メートルというからほんとに小さい島だ。 天正8年(1580)より京の公卿中院通勝(なかのいんみちかつ)は勅勘(天皇から受けるとがめ。勅命による勘当。)を被り、この島の小さな庵にひっそりと暮らしていた。 人間万事…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

イチオシのイチオシは・・・

きのうは昼からずっと天橋立。 お昼前に会議があるホテルに到着。 そのホテルが昼間から停電していて食事ができないとのこと。 そこでホテル関係者に『イチオシ』のお食事処を教えてってお願いしたところ紹介してくれたのが海鮮料理の○○。 もちろん海鮮料理の○○での食事に決定! 早速、歩いて海鮮料理の○○に赴く…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

幽斎の正室麝香の里(熊川城跡)

小浜方面から国道303号線へ。ここから先は、近江、京へと続く。この道がいわゆる鯖街道だ。ここを数キロ進むとさっそく熊川宿(くまがわじゅく)にたどりつく。 国道からたった一本南の筋は、一昔前の日本の街並み。 心の中の時計の砂の落ち方がペースダウンしたのがわかる…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

何にもない大地に~(三之宮城跡)

丹波の国は、丹波三強といわれる赤井・内藤・波多野の三大勢力がその覇権を争っていた。このうち最も勢力を伸ばしたのが波多野一族。 そこに侵攻してきたのが天下布武を掲げる織田信長だ。 信長は、秀吉に毛利の中国攻略を命じる。そして中国攻めの玄関口に位置する丹波の攻略には明智光秀を指名。(ちなみに、このとき細川藤孝(後…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安良山城址

加悦中学校の裏山(標高128メートル)に安良山城址があると知り登ってみた。 【写真:安良山頂】 天正8年(1580)8月、細川幽斎(当時藤孝)に従って丹後に入った有吉立言はこの城を預けられ藤孝丹後支配の拠点宮津城の普請を命じられる。 宮津城は翌年の3月には完成している。 明智光秀が織田信長に謀反を企てたのがその翌…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

想像してごらん

地元で精米したお米を自宅に配達してくれるところを発見 おいしくて しかも格安! 例えば丹後大宮五十河地区限定特別栽培米が10キロ¥5000!! 利用しない手はない!!! 昨年までは郵便局で毎月いろんな産地から送られてくるサービスを利用してたけど、突然の打ち切り。 残念に思っ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

1粒で2度おいしい計画

持論がある。 真に民意を反映するには1人1票制を改め、1人10票制を導入してはどうだろう? 1票しかなければ、自分の中の揺れる気持ちが正しく反映されない。10票のうち5票を白紙にだってできる。 なんてことを言っても絵空事になってしまうけど、定額給付金に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

国破れても山家あり

                        (写真:山家城跡と百鬼丸) 山家(綾部)初代藩主谷衛友(1万6000石)は、関ヶ原の戦いでは福知山城主小野木重勝率いる西軍について、田辺城の攻囲戦に加わる。 しかし細川幽斎は衛友の師。もとより幽斎には銃口をむけられるはずもなく、形ばかりの参戦だったとか。 これが世に言…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

御館の乱と丹後平定

【写真】昭和15年に復興された田辺城 彰古館(中央奥)と平成4年に築かれた城門(左)と百鬼丸 時代背景がわかりやすいので大河ドラマ「天地人」とダブらせてみる。 上杉謙信が死去したのが天正6年(1578年)3月13日。 その頃、織田信長は明智光秀と細川幽斎(当事:藤孝)に丹…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

青い空

緒形拳が出演する映画が観たくなった。 選んだのは奥田瑛二監督作品『長い散歩』 重い過去を背負う元校長の初老の男(緒形拳)と背中にダンボール製の天使の羽根をつけた少女が青い空を探しに旅に出る 少女もまた心に深い傷を負っている 青空はどこにいてもあるけれど 心の中がどしゃぶりだとほんとうの青い空は拝むことはできないのかも…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more