幽斎の正室麝香の里(熊川城跡)

小浜方面から国道303号線へ。ここから先は、近江、京へと続く。この道がいわゆる鯖街道だ。ここを数キロ進むとさっそく熊川宿(くまがわじゅく)にたどりつく。

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国道からたった一本南の筋は、一昔前の日本の街並み。

心の中の時計の砂の落ち方がペースダウンしたのがわかる。

真壁(しんかべ)造、塗込(ぬりこめ)造といった伝統的な家屋が平入り、妻入りに立ち並び、その街道に沿ってつくられた用水路から清らかな水が豊富に注いでいる。

その街の一角に白石神社があり、鳥居をくぐり一直線の細い道を進んだ。この道の後方には登山口があり、その山頂には永禄に沼田統兼が築城した熊川城の跡がみられる。

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もうほとんど道も崩れかかっており、竪堀以外は何らお城の形跡を遺していなかったが、その時代を生きていたであろうコナラの大木がこの城の結末をものがたっているように孤独にみえた。

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ちなみに細川幽斎の正室麝香(光壽院) はその熊川城主沼田光兼の娘。

細川幽斎もこの地を訪れ連歌の会を催し熊川の紅葉を詠んだとか。

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追伸:熊川宿中ノ町のそば屋ひのきやの女亭主に聞くと、徳川家康が元亀元年の姉川の合戦の折、この地にやってきて腰をかけたという松があったそうだが、樹医の努力空しく数年前に枯れてしまったそうだ

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【写真・松木神社横の大岩と百鬼丸】


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