十分の世の中?(白杉)

吉田から海岸線沿いを進むと青井。さらにその奥の細道の先をゆくと白杉の地がみえてきた。

白杉といえば幽斎とお百姓さんとのとんち比べが知られている。

細川幽斎が、白杉へ鷹狩に出かけたときのこと。

誰の仕業か道の傍田の畔に竹枝が立ててあり、なにやらしたためてある。

(一)いち迷惑仕るは、
(二)苦々しきお仕置きにて
(三)さんざん
(四)仕呆け
(五)言語道断
(六)六月の日照りには
(七)質貧乏(田畑を質にいれること)をかけ
(八)鉢をひしゃぐ風情(食うものもなくなりお茶碗を割ってしまうような状況)
(九)国に堪忍なるように
(十)十分にこれ無くとも仰せつけられくださるべく候

どうやら百姓のしわざらしい。

並の領主なら血相変えて怒るところだが幽斎は大笑いして同行させていた閑雪(側坊主)に命じ、矢立てで返事を書かせる。

(十)十分の世の中に、
(九)曲事(くせごと)申す百姓かな
(八)八幡きくまじをとはおもへども
(七)七生(しちしょう)よりこのかた
(六)ろくでもなきは地下の習い
(五) 獄門にかけるか
(四)縛りて腹を射んとおもへども
(三)山林に隠れぬれば
(二)憎き仕方を引かへて
(一)一国一命を許すものなり

巧みに落書主をたしなめているものの、かなり苦し紛れの切り返しに思えなくもない。

この頃は豊臣秀吉が九州征伐、小田原の役さらには朝鮮出兵の準備も進めており、その負担は各諸将、ひいては百姓をはじめとする民に強いられる。

もちろん丹後も例外ではない。

幽斎は隠居し領地を忠興に譲っているにもかかわらず秀吉からは親子共々軍役を課されている。

実際のところ秀吉の蛮行に幽斎も顔を引きつらせていたのでは?

それにしても幽斎と渡り合えるほど上手な落書きができる者が白杉界隈にいたのだろうか?

まさか・・・、これって幽斎の自作自演???



参考文献:幽斎玄旨(佐藤雅美著)岩波書店

画像
【写真:白杉の畑と百鬼丸】

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