何にもない大地に~(三之宮城跡)

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丹波の国は、丹波三強といわれる赤井・内藤・波多野の三大勢力がその覇権を争っていた。このうち最も勢力を伸ばしたのが波多野一族。

そこに侵攻してきたのが天下布武を掲げる織田信長だ。

信長は、秀吉に毛利の中国攻略を命じる。そして中国攻めの玄関口に位置する丹波の攻略には明智光秀を指名。(ちなみに、このとき細川藤孝(後の細川幽斎)は副将を務めている)

丹波の城は次々に落城。

天正6年には最後の砦八上城も落ち波多野一族は滅んだ。

これは丹波八上城事件として後世(本能寺の変より120年後)の書物(総見記)に記され(光秀が実母を人質として差出、城主波多野秀治、秀尚兄弟の命の保証をしたうえで投降させたにもかかわらず信長が、兄弟を処刑したたため人質たる光秀の母が殺害された)全国的にも有名


ところで、三之宮城跡は、山内一豊ゆかりの地と看板にある。

何で?と思って調べるとなんでも一豊の祖父の出自が、この地の可能性があるそうな・・・

ちょっと苦しい宣伝のような気もするが、ともかく看板のところまで百鬼丸と駆け上がってみた。

しかしそこには城跡らしきものもなく・・・

何にもない大地(法面)にただ看板がついてた~

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